※このページは、[IUCNレッドリスト]世界の絶滅危惧生物図鑑(2014年版)に基づいて制作した個人ブログです。
Hello, I’m 鶏人|Keijin.
In the 2014 field guide, the North Atlantic right whale (Eubalaena glacialis) was listed as EN: Endangered. Its population had been decimated by centuries of whaling and had still not fully recovered, while vessel strikes and entanglements in fishing gear continued to take their toll.
As of 2026, the latest IUCN Red List assessment available was published in 2020. In that assessment, the species was uplisted from EN: Endangered to CR: Critically Endangered.
In recent years, the United States and Canada have introduced measures including vessel speed restrictions, temporary fishing closures, modifications to fishing gear, trials of on-demand or ropeless fishing gear, and monitoring by aircraft and acoustic equipment. But protection efforts have not kept pace with the whales’ shifting distribution as they follow their food, and the population still cannot be said to be recovering.
The North Atlantic right whale is still “following its food, deeper into dangers created by us.”
I’ve tucked the more detailed information into the expandable sections.
But even if you only read the main text, I’d be glad if you stayed with it to the end.
こんにちは、鶏人|Keijinです。
タイセイヨウセミクジラ(Eubalaena glacialis)は、2014年の図鑑では、過去の捕鯨で激減した個体群が十分に回復せず、船舶との衝突や漁具への絡まりも続いていたことなどから「EN:絶滅危惧」と評価されていました。
そして、2026年時点で確認できるIUCNレッドリストの最新評価では、2020年に「EN:絶滅危惧」から「CR:深刻な危機」へ一段階悪化しています。
近年は、米国とカナダで船舶の速度規制、漁業海域の一時閉鎖、漁具の改良、ロープレス漁具の試験、航空機や音響装置による監視などが進められています。しかし、餌を追って変化するクジラの分布に保護対策が追いつかず、個体群が回復したとはいえません。
タイセイヨウセミクジラは今も、「餌を追い、人の危険へ近づいている」という状態なのだと思います。
少し詳しい内容は折りたたみの中にまとめています。
まずは本文だけでも、最後まで読んでもらえたらうれしいです。
※2026年時点で、IUCNレッドリストにおける最新評価は2020年評価(2020年公開)です(以降の更新は、現時点では確認できていません)。
※本記事は専門家による学術的な評価ではなく、公開された資料に基づく個人の調査・見解を含みます。
※IUCN評価は「世界全体」と「地域・個体群」で分かれる場合があります。地域によって状況は異なります。
最新かつ正確な分類や保全状況については、IUCN公式サイトなどをご確認ください。
参考:IUCN Red List(学名:Eubalaena glacialis)
タイセイヨウセミクジラの現在|2014年から深刻な危機(CR)へ
⬇︎タイセイヨウセミクジラの生態(基本情報)です。必要なら開いてください。

| 項目 | 基本情報 |
|---|---|
| 和名 | タイセイヨウセミクジラ |
| 英名 | North Atlantic Right Whale |
| 学名 | Eubalaena glacialis (Müller, 1776) |
| 学名の由来 | glacialisはラテン語で「氷の」「氷に関係する」という意味を持つ。最初はBalaena glacialisとして記載され、後にセミクジラ属Eubalaenaへ移されたため、命名者名と年は括弧で囲まれる。 |
| 分類 | 哺乳綱・鯨偶蹄目・ヒゲクジラ亜目・セミクジラ科・セミクジラ属。セミクジラ属には本種のほか、セミクジラとミナミセミクジラが含まれ、現在は3種が独立した種として認められている。 |
| 英名の由来 | Right Whaleは、沿岸近くに現れ、泳ぎが比較的遅く、脂肪が多いため死後も浮きやすかったことから、捕鯨者にとって「捕るのに適したクジラ」と呼ばれたことに由来すると一般に考えられている。 |
| 現在の主な分布 | 現在の個体群は、北アメリカ東岸の西部北大西洋に集中している。アメリカ南東部からニューイングランド、メイン湾、カナダのベイ・オブ・ファンディ、スコシア棚、セントローレンス湾、ニューファンドランド周辺まで移動する。 |
| 東部北大西洋の分布 | かつては西アフリカ北西部、アゾレス諸島、イベリア半島、ビスケー湾、イギリス諸島、アイスランド、ノルウェー周辺にも分布していた。現在は北東大西洋からほぼ姿を消し、確認例の多くは西部個体群から移動してきた個体と考えられている。 |
| 生息環境 | 主に大陸棚上の沿岸海域を利用するが、回遊中や採餌時には沖合の深い海域にも移動する。繁殖と子育てには暖かく浅い沿岸海域、採餌には冷たく生産力の高い海域を利用する。 |
| 回遊 | 秋から冬に一部の個体がアメリカ南東部へ南下し、春から秋にニューイングランドやカナダ東部の採餌海域へ北上する。すべての個体が毎年同じ経路を通るわけではなく、雄や若い個体、出産しない雌の越冬場所には不明な点も残る。ニューイングランドや中部大西洋岸では一年を通じて音響記録が得られている。 |
| 体長 | 成体はおおむね15~17メートル。NOAAが示す最大体長は約15.8メートルで、一般に雌の方が雄より大きい。出生時の子どもは約4~5.5メートル。 |
| 体重 | 成体はおよそ45~60トンで、大型個体は約64トンに達する。 |
| 体形 | 胴体は太くずんぐりしており、背びれを持たない。胸びれは比較的短く幅広い。尾びれは幅が広く、中央の切れ込みが深い。ナガスクジラ科のクジラに見られる腹側の長い畝はない。 |
| 体色 | 全身は黒色または濃い灰色で、腹部に不規則な白斑を持つ個体もいる。 |
| 頭部 | 頭部は非常に大きく、体長の約4分の1を占める。上顎は細く、下顎は弓のように強く湾曲している。この大きな口が、泳ぎながら大量の海水を濾過する採餌を可能にしている。 |
| 頭部のこぶ | 頭部にはカロシティと呼ばれる硬く盛り上がった皮膚がある。皮膚自体は黒いが、クジラジラミ類が付着するため白色や黄色に見える。形や配置が個体ごとに異なるため、写真から個体を識別する際の重要な目印となる。 |
| 噴気 | 左右に分かれた噴気孔を持ち、正面から見ると噴気がV字形に立ち上がる。背びれがないことや頭部のカロシティとともに、海上で本種を識別する特徴となる。 |
| ヒゲ板 | 上顎の左右にそれぞれ約200~270枚の細長いヒゲ板を持つ。ヒゲ板は最大で2メートルを超えることがあり、細かな毛状の縁で小さな動物プランクトンを濾し取る。 |
| 食性 | 主食はカイアシ類を中心とした動物プランクトンで、特に脂質を多く蓄えたCalanus finmarchicusなどを利用する。海域や季節によっては、ほかのカイアシ類やオキアミ類も食べる。 |
| 採餌方法 | 口を開けたままゆっくり泳ぎ、海水を口へ通してヒゲ板で餌を濾し取る「スキムフィーディング」を行う。海面付近だけでなく、動物プランクトンが集まる海底近くまで潜って採餌することもある。巨大な体を維持するには、餌が極めて高密度に集まる海域が必要となる。 |
| 行動 | 単独または少数で行動することが多いが、餌が集中する場所では多数が集まる。海面から跳び上がるブリーチング、尾びれや胸びれで水面をたたく行動も見られる。海面直下で休むことがあり、船から発見しにくい場合がある。 |
| 社会行動 | 複数の雄と雌が海面近くで接触しながら泳ぐサーフェス・アクティブ・グループを形成する。これは交尾だけでなく、求愛や社会的接触にも関係する行動と考えられており、季節を問わず観察される。 |
| 音声 | 低周波のうめき声、上昇調の鳴き声、パルス音などを使って仲間と連絡する。これらは個体間の接触維持、警戒、攻撃、繁殖行動などに使われると考えられている。 |
| 性成熟 | 雌はおおむね10歳前後で性成熟する。雄が繁殖に参加できる年齢は雌より遅く、約15歳とする研究もある。 |
| 妊娠・出産 | 妊娠期間は約12~13か月で、通常は1頭を出産する。主な出産海域は、アメリカのノースカロライナ州からフロリダ州にかけての浅い沿岸海域で、特にジョージア州とフロリダ州北部周辺が重要となる。 |
| 子育て | 母親は冬の繁殖海域で授乳しながら子どもを育てる。子どもは通常、最初の約1年間を母親と過ごし、その間に重要な回遊経路や採餌海域を学ぶと考えられている。 |
| 出産間隔 | 本来の良好な状態では3~4年ほどの間隔で出産する。妊娠、出産、授乳の後には、失った脂肪と体力を回復させる期間が必要となる。 |
| 寿命 | 少なくとも70年生きると考えられている。ただし、人為的な死亡や慢性的な負傷によって本来の寿命まで生きられない個体が多く、現在の雌は約45年、雄は約65年程度しか生きられていない可能性が指摘されている。 |
| 生態的役割 | 大量の動物プランクトンを利用する大型捕食者であり、排泄や海中での移動を通じて栄養塩を循環させる。死後に海底へ沈んだ体は、深海生物に長期間にわたって餌と生息場所を提供する。 |
| 現在の保全区分 | IUCNレッドリストでは深刻な危機(CR)。ワシントン条約では附属書Iに掲載され、国際的な商業取引が原則として禁止されている。 |
出典
- 国立科学博物館|海棲哺乳類データベース・タイセイヨウセミクジラ:https://www.kahaku.go.jp/research/db/zoology/marmam/pictorial_book/e_glacialis.html
- NOAA Fisheries|North Atlantic Right Whale:https://www.fisheries.noaa.gov/species/north-atlantic-right-whale
- カナダ政府・COSEWIC|North Atlantic Right Whale Status Report:https://www.canada.ca/en/environment-climate-change/services/species-risk-public-registry/cosewic-assessments-status-reports/north-atlantic-right-whale-2013.html
- 海洋哺乳類学会|List of Marine Mammal Species and Subspecies:https://marinemammalscience.org/science-and-publications/list-marine-mammal-species-subspecies/
- 国際捕鯨委員会|Right Whale Biology and Distribution:https://iwc.int/about-whales/whale-species/right-whale
最終評価2020年:タイセイヨウセミクジラ「CR:深刻な危機」
1. 現在の状態

1-1. 絶滅危惧(EN)から深刻な危機(CR)へ悪化
タイセイヨウセミクジラ(Eubalaena glacialis)は、2014年の図鑑では絶滅危惧(EN)とされていましたが、IUCNは2020年の再評価で深刻な危機(CR)へ引き上げました。2026年9月確認時点でも、これが最新のIUCN評価です。
引き上げの大きな理由は、2018年末の成熟個体数が250頭未満まで減少し、個体数の減少が続いていたことです。評価基準はC2a(ii)で、成熟個体が極端に少なく、事実上ひとつの個体群に集中しているため、船舶との衝突や漁具への絡まりが数頭に起きただけでも、種全体の存続に影響する状態を示しています。
なお、アメリカの種の保存法では現在も「Endangered」と表記されていますが、これはIUCNとは異なる法制度上の区分です。IUCN評価が絶滅危惧(EN)へ戻ったわけではありません。
1-2. 2014年より約20%少ない384頭
最新のNOAAモデルで過去の個体数を同じ方法により再計算すると、2014年初めの推定個体数は477頭、95%信用区間は471~483頭でした。これに対し、現在利用できる最新推定値は2024年初めの384頭で、95%信用区間は375~394頭です。
同じモデルの中央値で比較すると、2014年から2024年までに93頭、約19.5%減少したことになります。2014年当時には522頭という集計値も公表されていましたが、これは当時の確認個体を基にした別方式の推定です。最新モデルは1990~2024年の記録を統一した方法で再解析しているため、現在との変化を比較する場合は477頭という値が基準になります。
ただし、減少が止まらないままではありません。個体数は2020年の359頭を底に、2021年371頭、2022年374頭、2023年376頭、2024年384頭と、3年連続で小幅に増加しました。急激な減少はいったん鈍化していますが、長期的には2011年の483頭を大きく下回ったままです。
1-3. 繁殖可能な雌は約70頭しかいない
全個体数以上に深刻なのが、繁殖できる雌の少なさです。2026年時点で繁殖可能な雌は約70頭と推定されています。健康な状態なら雌は3~4年ほどの間隔で出産できますが、現在の平均的な出産間隔は7~10年まで延びています。
2025~2026年の繁殖期には23頭の子どもが確認され、2009年以来最多となりました。23頭の母親のうち20頭は出産経験があり、そのうち13頭は2021年または2022年以来の出産でした。近年より短い間隔で戻ってきた母親が多かったことは明るい材料です。
しかし、一度の繁殖期に多く生まれたことと、個体群全体が回復したことは同じではありません。長寿で繁殖速度の遅いクジラでは、生まれた子どもが成熟するまで約10年かかります。その間に母親や若い個体が失われれば、23頭という増加も簡単に打ち消されてしまいます。
1-4. 漁具への絡まりと船舶衝突が現在も最大の脅威
現在の直接的な死亡原因は、漁具への絡まりと船舶との衝突です。NOAAによると、タイセイヨウセミクジラの85%以上が、生涯に少なくとも一度は漁具に絡まった痕跡を持っています。
ロープが体やひれに食い込むと、傷口から感染したり、漁具を引きずることで大量のエネルギーを消耗したりします。すぐに死亡しなくても、餌を十分に食べられず、泳ぐ力や繁殖に使うエネルギーを失います。特に雌では、慢性的な絡まりによる消耗が出産間隔を長期化させる原因のひとつと考えられています。
2017年に始まった異常死亡事象は現在も継続しており、2026年7月時点で43頭の死亡、41頭の生存が難しい重傷、92頭の負傷または著しい衰弱が登録されています。しかも、研究では実際に発生した死亡のうち、人間が発見できるのは約3分の1にすぎないと推定されています。確認された死体数だけでは、実際の損失を大幅に過小評価している可能性があります。
1-5. 東部北大西洋の個体群は回復していない
2014年の図鑑には、北大西洋東部では事実上絶滅したと記されていますが、この状況は現在も変わっていません。OSPARの2023年評価でも、タイセイヨウセミクジラは北東大西洋海域から消滅したと判断されています。
現在確認される個体のほとんどは、アメリカ南東部の繁殖海域からニューイングランド、カナダ東部へ移動する西部北大西洋個体群です。ヨーロッパや東部北大西洋でまれに目撃されることはありますが、独立して繁殖を維持できる個体群の回復は確認されていません。
2. 気候変動の影響
2-1. 海水温上昇が主食となる動物プランクトンを減らしている
気候変動による最も重要な影響は、クジラが高水温で直接死亡することではなく、餌となる動物プランクトンの量と分布が変化することです。
タイセイヨウセミクジラは、主に脂質を豊富に蓄えたカイアシ類の一種、Calanus finmarchicusを大量に食べます。巨大な体を維持し、妊娠や授乳に必要なエネルギーを得るには、これらが非常に高い密度で集まる海域を見つけなければなりません。
2010年ごろ、メキシコ湾流の流路や北西大西洋の海洋循環が変化し、暖かい斜面水がメイン湾やスコシア棚へ入り込む大規模な海洋環境の転換が起きました。その結果、従来の採餌海域では主食となるカイアシ類が減少し、クジラにとって効率よく餌を得られる環境が失われました。
2-2. 餌を追った移動が新たな死亡リスクを生んだ
餌が減ったことで、タイセイヨウセミクジラはベイ・オブ・ファンディやグレート・サウス・チャネルなど、従来の重要な採餌海域をあまり利用しなくなり、2015年ごろからセントローレンス湾や米国南部ニューイングランド沖で多く確認されるようになりました。
この移動は、北方に豊かな餌場が新しく生まれたからとは限りません。研究では、セントローレンス湾でもカイアシ類が減少しており、クジラはよりよい餌場へ引き寄せられたというより、従来の餌場がさらに悪化したため移動せざるを得なかったと考えられています。
移動先では、クジラの存在を前提とした漁業規制や船舶の速度制限が十分に整っていませんでした。2017年にはセントローレンス湾周辺で多数の死体が発見され、異常死亡事象が宣言されました。気候変動そのものがロープを巻きつけたり船を衝突させたりするわけではありませんが、クジラを保護の薄い海域へ押し出し、人間活動との接触を増やす危険の増幅要因になっています。
2-3. 餌不足が妊娠と出産を遅らせる
餌場の悪化は、繁殖にも直接つながっています。雌は妊娠と授乳に大量のエネルギーを必要とするため、十分な脂肪を蓄えられなければ、次の妊娠までに長い回復期間が必要になります。
現在の7~10年という出産間隔は、漁具絡まりによる負傷や消耗、船舶衝突による傷、そして気候変動による餌不足が重なった結果と考えられています。2026年の23頭という出生数は希望を感じさせますが、餌環境そのものが安定したことを示す証拠ではありません。
個体数を増やすには、子どもが生まれるだけでなく、母親が十分な栄養を得て繰り返し出産できること、そして生まれた子どもが漁具や船舶との接触を避けながら成熟することが必要です。
2-4. 2050年には現在の主要な餌場がさらに狭まる可能性
気候モデルを使った研究では、排出量が比較的抑えられるRCP4.5と、高排出が続くRCP8.5の両方で、2050年には7~10月のメイン湾全体で生息適地が減少すると予測されています。
特に8月は、わずかに適地が残るローズウェイ海盆を除き、ほぼメイン湾全域が不適地になる結果が示されました。9~10月には、適した海域が北東方向のスコシア棚周辺へ移動する可能性があります。
これは確定した未来ではなく、複数の気候条件に基づく予測です。しかし、いずれの条件でも従来の餌場が縮小し、より北東の狭い海域へ適地が移る傾向は共通しています。クジラの分布に合わせて船舶速度規制や漁業管理を移動させなければ、現在と同じように、保護区域の外側で死亡が増える可能性があります。
3. 2014年との比較から見える結論
2014年のタイセイヨウセミクジラは絶滅危惧(EN)でしたが、現在は深刻な危機(CR)です。同じ最新モデルで比較した個体数も477頭から384頭へ約19.5%減少しました。
2020年以降の小幅な増加と、2026年に確認された23頭の子どもは重要な希望です。しかし、繁殖可能な雌は約70頭しかおらず、漁具絡まりと船舶衝突による異常死亡も終わっていません。さらに気候変動は餌を減らし、クジラを従来の保護海域から押し出しています。
かつての捕鯨による減少から完全に立ち直れないまま、今度は温暖化した海と人間活動の狭間に追い込まれている。それが、2014年から2026年までに起きた最も大きな変化です。
出典
- IUCNレッドリスト|タイセイヨウセミクジラを絶滅危惧(EN)から深刻な危機(CR)へ変更:https://iucn.org/news/species/202007/almost-a-third-lemurs-and-north-atlantic-right-whale-now-critically-endangered-iucn-red-list
- NOAA Fisheries|1990~2024年の個体数推定:https://repository.library.noaa.gov/view/noaa/72014
- NOAA Fisheries|タイセイヨウセミクジラの現在の個体数・繁殖・主要脅威:https://www.fisheries.noaa.gov/species/north-atlantic-right-whale
- NOAA Fisheries|2017~2026年の異常死亡事象:https://www.fisheries.noaa.gov/national/marine-life-distress/2017-2026-north-atlantic-right-whale-unusual-mortality-event
- NOAA Fisheries|2026年の繁殖期に確認された23頭の子ども:https://www.fisheries.noaa.gov/feature-story/numbers-2026-north-atlantic-right-whale-calving-season
- OSPAR|2023年北東大西洋海洋哺乳類評価:https://oap.ospar.org/en/ospar-assessments/quality-status-reports/qsr-2023/thematic-assessments/marine-mammals/
- Oceanography|海洋環境の転換と個体群減少の関係:https://tos.org/oceanography/article/ocean-regime-shift-is-driving-collapse-of-the-north-atlantic-right-whale-population
- Limnology and Oceanography|気候変動下における生息海域と餌分布の変化:https://aslopubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/lno.12242
- Elementa|2050年のメイン湾における生息適地予測:https://online.ucpress.edu/elementa/article/9/1/00058/116780/Projecting-regions-of-North-Atlantic-right-whale
タイセイヨウセミクジラは、2014年の絶滅危惧(EN)から、現在は深刻な危機(CR)へ悪化した。最新モデルによる推定個体数は、2014年の477頭から2024年初めには384頭へ約19.5%減少している。2020年以降は小幅な増加が続き、2026年には23頭の子どもが確認されたが、繁殖可能な雌は約70頭しかいない。漁具への絡まりと船舶衝突が最大の死亡原因で、85%以上が一度は漁具に絡まった痕跡を持つ。さらに海洋温暖化で餌となるカイアシ類が減少し、クジラは保護の薄い海域へ移動している。温暖化は餌不足による繁殖低下だけでなく、人間活動との接触を増やすことで絶滅の危険をさらに高めている。
⬇︎タイセイヨウセミクジラの保護活動の種類です。必要なら開いてください。
| 保全活動 | 実施主体・地域 | 内容・現在の状況 |
|---|---|---|
| 法律による保護 | アメリカ | 種の保存法では絶滅危惧種、海洋哺乳類保護法では保護対象および個体数が著しく減少した種に指定されている。捕獲、殺傷、嫌がらせなどが原則として禁止され、連邦機関が許可または実施する事業には、本種への影響を回避・軽減するための協議が求められる。 |
| カナダでの法的保護 | カナダ | 危険種法に基づく絶滅危惧種として、個体と重要生息地が保護されている。カナダ水産海洋省と運輸省が、漁業、船舶航行、監視、救助を分担して実施している。 |
| 国際的な保護 | 国際 | ワシントン条約附属書Iに掲載され、国際的な商業取引が原則禁止されている。カリブ海地域のSPAW議定書では附属書IIに掲載され、捕獲や殺傷、取引、生息地への影響を抑える国際協力の対象となっている。 |
| 回復計画 | NOAA・アメリカ | 種の回復計画と「Road to Recovery」により、船舶衝突と漁具絡まりの削減、個体数と健康状態の監視、新たな脅威への対応、保全対策の効果検証を一体的に進めている。北東部と南東部には地域別の実施チームが置かれている。 |
| 重要生息地の指定 | アメリカ | 北東部の採餌海域と、ノースカロライナ州からフロリダ州にかけての繁殖・出産海域が重要生息地に指定されている。港湾開発、浚渫、海底工事、エネルギー開発などを計画する際には、生息地機能を損なわないための検討が行われる。 |
| 季節的な船速規制 | アメリカ東岸 | 季節管理海域では、原則として全長65フィート以上の船舶に10ノット以下での航行を義務づけている。ケープコッド湾、ニューイングランド沖、中部大西洋岸、ジョージア州・フロリダ州沖などで、クジラが現れる季節に合わせて実施される。 |
| 動的な減速海域 | アメリカ東岸 | 3頭以上のクジラが近接して確認された場合は、Dynamic Management Areaを設定し、船舶に10ノット以下への自主減速を求める。水中音響装置で声が検出された場合にもRight Whale Slow Zoneが設定される。固定された保護区だけでは対応できない分布変化を補う仕組みとなっている。 |
| 小型船への対策 | アメリカ | 連邦の強制的な船速規制は主に65フィート以上の船を対象としているが、小型船でも死亡事故を起こす可能性があるため、すべての船に10ノット以下への減速を呼びかけている。マサチューセッツ州では、ケープコッド湾の特定期間に65フィート未満を含む船舶へ10ノット規制を適用している。 |
| 船速規制の制度状況 | アメリカ | 2022年には対象を35~65フィートの船にも広げ、規制海域を拡大する案が示されたが、2025年1月に撤回された。2026年には既存の規制を技術利用型の対策へ変更することを含めた見直しが始まっている。従来の65フィート以上を対象とする季節的な10ノット規制は引き続き有効である。 |
| カナダの船速規制 | セントローレンス湾 | 2026年は原則として全長13メートルを超える船舶を対象に、固定区域、季節管理区域、動的航行区域で10ノット規制を実施している。クジラが確認された動的区域では15日間の臨時規制を発動し、監視できない状態が続く場合にも予防的に減速規制を適用する。 |
| 航行制限区域 | カナダ | クジラが多く確認される海域では、船舶の進入を制限または禁止する区域を設定する。例外的に進入が認められる船舶にも8ノット以下の航行を求める場合がある。違反には行政罰や罰金が科される。 |
| 自主減速・回避海域 | カナダ | カボット海峡では回遊期の10ノット以下への減速、ローズウェイ海盆では300総トン以上の船舶に海域回避、ベイ・オブ・ファンディではクジラ確認時の減速を求めている。管理区域外でクジラが確認された場合にも自主減速が呼びかけられる。 |
| 航路変更と回避区域 | アメリカ・カナダ | クジラの高密度海域と大型船の航路が重ならないよう、推奨航路、航路変更、季節的な回避区域を設定している。グレート・サウス・チャネルでは、一定規模以上の船舶に対して4~7月の季節的回避が勧告されている。 |
| 接近禁止 | アメリカ | 船舶、航空機、無人航空機などは、原則としてタイセイヨウセミクジラから500ヤード、約457メートル以内へ接近することが禁止されている。偶然近づいた場合は、安全を確認しながら速やかに離れる必要がある。 |
| 船舶報告制度 | アメリカ | 大型船が北東部の採餌海域または南東部の繁殖海域へ入る際、陸上局への報告を義務づけている。船舶には、クジラの最新位置、衝突の危険性、減速や見張りなどの注意事項が送られる。 |
| AISによる警告 | アメリカ | 船舶自動識別装置を利用し、季節管理海域で速度超過している船へリアルタイムに警告を送る仕組みが拡大されている。船速規制の存在を航行中の操船者へ直接知らせ、規制の見落としを減らすことが目的である。 |
| 漁業の季節閉鎖 | アメリカ | クジラが集中する海域では、ロブスターかご、カニかご、刺し網など、固定漁具を使用する漁業を季節的に閉鎖する。2024年にはマサチューセッツ制限区域が、州水域と連邦水域の間に残っていた海域まで拡張された。 |
| 弱いロープと弱い接続部 | アメリカ | クジラがロープに絡まった場合でも自力で切って脱出できる可能性を高めるため、一定の力で切れるロープや弱い接続部の使用を求めている。ただし、絡まりそのものを防ぐ仕組みではなく、負傷を完全に防げるわけではない。 |
| 海中の垂直ロープ削減 | アメリカ | 複数のかごを海底で連結して一組として回収することで、海面のブイと海底漁具を結ぶ垂直ロープの本数を減らす。かご同士を結ぶロープには、海中に浮き上がりにくい沈降性のロープが求められる。 |
| 漁具の標識化 | アメリカ・カナダ | ロープに色分けされた印を付け、地域、漁業種類、漁場を識別できるようにしている。回収したロープから絡まりの発生源を調べ、どの漁業や漁具を改善すべきか判断するために利用される。 |
| 動的な漁業閉鎖 | カナダ東部 | 2026年は、目視または音響でクジラが確認されると、周囲約2,000平方キロメートルを対象に、放置型固定漁具を使う漁業を15日間閉鎖する。9~15日目に再び確認された場合、セントローレンス湾では6月以降、その海域を11月15日まで閉鎖する。 |
| 浅海域の漁業閉鎖 | カナダ | 水深20ファゾムより浅い動的区域では、クジラ確認時に7日間の漁業閉鎖を実施する。再確認されれば7日間延長される。3頭以上、または母子が確認された場合は、試験漁業を含めて全面的に閉鎖する。 |
| 再開前の確認調査 | カナダ | 閉鎖海域を再開するには、航空調査でクジラが確認されない飛行を2回行う必要がある。悪天候などで飛行できない場合は、クジラがいないことを確認できるまで閉鎖が維持される。 |
| ロープレス漁具 | アメリカ・カナダ | 海面から常時垂直ロープを垂らさず、音響信号などで海底の漁具や浮力装置を作動させて回収するオンデマンド漁具の試験が進められている。完全にロープを使わないという意味ではなく、クジラが泳ぐ水柱に常設されるロープを減らす技術である。 |
| ホエールセーフ漁具戦略 | カナダ | 2026~2030年の戦略として、オンデマンド漁具、切れやすい部材、垂直ロープの削減、漁具の位置情報化などを段階的に導入する。浅海域では、条件を満たす改良漁具を使用する漁業者が、一部の閉鎖海域で試験操業できる制度も設けられている。 |
| ゴーストギア対策 | カナダ | 紛失・放棄された漁具の報告、回収、再利用を進めている。海中に残ったロープやかごは、漁業が終わった後もクジラを絡めるため、使用中の漁具とは別に継続的な回収が必要となる。 |
| 絡まり個体の救助 | アメリカ・カナダ | 訓練を受けた専門チームが、船や航空機から個体を追跡し、体に巻きついたロープや漁具を切断する。アメリカの大鯨類救助ネットワークは約20の公的・民間組織で構成され、これまでに約30頭のタイセイヨウセミクジラの救助に成功している。救助は危険性が高く、許可を受けた専門家だけが実施する。 |
| 座礁・死亡個体の調査 | アメリカ・カナダ | 死体が発見された場合は、可能な限り解剖、画像診断、組織採取、漁具分析を行い、船舶衝突、絡まり、感染症、栄養状態などを調査する。原因の特定は規制の改善や新たな対策につながる。 |
| 航空・船舶調査 | アメリカ・カナダ | 航空機と調査船を使い、個体の位置、行動、傷、体形、母子の数を継続的に記録する。頭部のカロシティによる個体識別写真はカタログへ登録され、個体数、繁殖歴、移動、負傷歴の追跡に使われる。 |
| 音響監視 | アメリカ・カナダ | 海底録音装置、係留ブイ、自律型水中グライダーで鳴き声を検出し、目視調査が難しい夜間や悪天候時にも分布を把握する。確認情報は船速規制や漁業閉鎖の発動に利用される。 |
| 衛星・無人技術 | NOAAなど | 衛星画像、衛星標識、ドローン、自律型水中機、人工知能を使った画像解析などの開発が進められている。広い海域でクジラを早期に発見し、船舶や漁業者へ情報を送ることが目的である。 |
| 健康状態の監視 | 研究機関・政府機関 | ドローン写真による体形測定、皮膚や呼気、糞、脂肪などの採取から、栄養状態、ストレス、妊娠、遺伝的特徴、疾病、年齢を調べる。目に見える傷だけでなく、慢性的な消耗や繁殖能力の変化も追跡する。 |
| 市民・船員からの目撃情報 | アメリカ・カナダ | 目撃情報を受け付けるアプリ、電話、オンライン地図を運用し、漁業者、船員、沿岸住民からの情報を監視に組み込んでいる。確認された位置情報は、周辺船舶への警告や調査機の派遣に利用される。 |
| 国境を越えたデータ共有 | 北大西洋セミクジラ・コンソーシアム | 政府、大学、水族館、漁業関係者、保全団体など200以上の協力機関が、目撃、個体識別、遺伝情報、死亡、負傷、漁具絡まりなどのデータを共有している。アメリカとカナダを移動する本種には、国境を越えた統一的な監視が不可欠となる。 |
| 開発事業への影響軽減 | アメリカ | 洋上エネルギー開発、海底調査、港湾工事、軍事活動などについて、実施時期の調整、監視員の配置、クジラ確認時の作業停止、船速制限、音響監視、騒音軽減などを許可条件に組み込む。 |
| 海洋騒音対策 | アメリカ | 船舶や工事による騒音の監視、静音化技術、作業時の監視と停止基準の研究を進めている。低周波音で連絡する本種では、騒音が通信、移動、採餌を妨げる可能性があるため、船舶衝突や絡まりとは別の保全課題として扱われている。 |
| 気候変動への適応管理 | アメリカ・カナダ | 固定された保護区だけに頼らず、目視・音響情報に応じて船速規制や漁業閉鎖を移動させる仕組みが導入されている。温暖化によって餌とクジラの分布が変化するため、監視結果に合わせて保護区域と実施時期を更新することが重要となっている。 |
出典
- NOAA Fisheries|タイセイヨウセミクジラの保全・管理活動:https://www.fisheries.noaa.gov/species/north-atlantic-right-whale/conservation-management
- NOAA Fisheries|船舶衝突を減らすための船速規制・警戒区域・航路対策:https://www.fisheries.noaa.gov/national/endangered-species-conservation/reducing-vessel-strikes-north-atlantic-right-whales
- カナダ水産海洋省|2026年の漁業閉鎖・漁具規制:https://www.dfo-mpo.gc.ca/fisheries-peches/commercial-commerciale/atl-arc/narw-bnan/management-gestion-eng.html
- カナダ水産海洋省|Whalesafe Fishing Gear Strategy 2026–2030:https://www.dfo-mpo.gc.ca/species-especes/publications/mammals-mammiferes/gear-engins/strategy-strategie-2026-2030-eng.html
- カナダ運輸省|2026年セントローレンス湾の船速規制・監視・取締り:https://tc.canada.ca/en/marine-transportation/navigation-marine-conditions/protecting-north-atlantic-right-whales-collisions-vessels-gulf-st-lawrence
タイセイヨウセミクジラと気候変動|植物プランクトン・カイアシ類・AMOCの関係
Questioner: It looks like both the abundance and distribution of the zooplankton eaten by North Atlantic right whales are changing. Phytoplankton must have something to do with that too, right? And I can’t help wondering whether the weakening AMOC we’ve been hearing about lately is connected as well.
Me: AMOC may be part of the picture, but what concerns me most is the relationship between phytoplankton and zooplankton, and how their distributions are changing. The North Atlantic right whales we’re looking at have been showing up in greater numbers in the Gulf of St. Lawrence and off southern New England since around 2015, apparently because food has become scarcer in their traditional feeding areas.
Questioner: If the very foundation of the food chain disappears, every living thing above it is going to be in trouble.
Me: Exactly. So I’m going to take a closer look at the connections among phytoplankton, copepods, ocean currents, and North Atlantic right whales.
質問者:タイセイヨウセミクジラが食べている動物プランクトンの量と分布が変化しているみたいなんだけど、これって植物性プランクトンの影響もあるよね。それと、最近言われているAMOCが弱まっていることも関係していそう。
私:AMOCも影響しているかもしれませんが、やはり気になるのは、植物プランクトンと動物プランクトンとの関係や分布です。今回調べているタイセイヨウセミクジラは、餌が減ったことで、2015年ごろからセントローレンス湾や米国南部ニューイングランド沖で多く確認されるようですから。
質問者:食物連鎖の一番最初がいなくなったら全ての生物が困るもんね。
私:そのとおりです。なので、植物プランクトン、カイアシ類、海流とタイセイヨウセミクジラの関係性を詳しく調べてみます。
クジラは、なぜ「いつもの海」から消えたのか
タイセイヨウセミクジラが、長年利用してきた海から姿を消し、別の海域で見つかるようになっています。その始まりをたどると、巨大なクジラではなく、目に見えない植物プランクトンとカイアシ類、そしてそれらを運ぶ海流の変化へ行き着きました。北大西洋の海の中で、いったい何が起きているのでしょうか。
1. 結論――植物プランクトンも海流も関係している
タイセイヨウセミクジラの分布変化は、「海水温が上がったため、クジラが北へ移動した」という単純な現象ではありません。
より実態に近い流れは、次のようになります。
海洋温暖化と海流の変化
→ 水温・塩分・栄養塩・海水の流入経路が変化
→ 植物プランクトンの生産量・種類・発生時期が変化
→ カイアシ類の数・成長段階・脂質量・分布が変化
→ クジラが効率よく採餌できる高密度の餌場が移動
→ クジラの回遊、栄養状態、繁殖、人間活動との遭遇リスクが変化
したがって、植物プランクトンは確かに食物連鎖の出発点ですが、タイセイヨウセミクジラにとって重要なのは、植物プランクトンの総量だけではありません。そこから生まれた大型で脂質の多いカイアシ類が、クジラの採餌に適した密度と深さに集まるかどうかが、最終的な分布を決めています。
AMOCの弱まりも、この一連の変化に関係する可能性があります。ただし、現在までに直接確認されているのは、AMOCだけを原因とする一本道ではなく、ガルフストリーム、ラブラドル海流、北大西洋振動、暖水の流入、局地的な風や淡水流入などが重なった北西大西洋の海洋環境の転換です。
2. 植物プランクトンは「カイアシ類の脂肪」をつくっている
植物プランクトンからクジラへエネルギーが渡る
タイセイヨウセミクジラの主要な餌は、Calanus finmarchicusをはじめとするカラヌス属のカイアシ類です。カイアシ類は主に植物プランクトンを食べ、そのエネルギーを体内に脂質として蓄えます。
特に重要なのが、成体になる直前の第5コペポダイト期です。この段階のCalanus finmarchicusは、短期間に発生する春の植物プランクトンブルームを利用して成長し、体内の油嚢に大量の脂質を蓄えます。その後、深い海中へ移動して休眠状態に入ります。
つまり、カイアシ類は春に植物プランクトンが生み出したエネルギーを、夏から秋まで保存する「小さな生物電池」のような役割を果たしています。タイセイヨウセミクジラは、この脂質の詰まった生物電池が高密度に集まる場所を探して食べています。
植物プランクトンは量だけでなく種類と時期も重要
植物プランクトンが海中に存在していても、それだけで良好な餌場になるわけではありません。
春のブルームが早まり、カイアシ類のふ化や成長時期とずれれば、十分に餌を利用できない「季節の食い違い」が起こります。また、植物プランクトン群集が、大型の珪藻類などから小型の種類へ変化すれば、同じクロロフィル濃度でもカイアシ類が得られるエネルギーは変わります。
そのため、人工衛星で植物プランクトンの色やクロロフィル量だけを見ても、クジラの餌場を完全には予測できません。植物プランクトンの種類、細胞の大きさ、栄養価、発生時期、カイアシ類との季節的な一致まで確認する必要があります。
3. メイン湾では植物プランクトンの生産力が低下した
メイン湾で1998年から2018年に行われた長期観測では、植物プランクトンの一次生産が大きく低下したことが確認されています。NASAと研究機関による解説では、2001年から2018年にかけて約65%低下したとされています。
この数字は北西大西洋全域に一律に当てはまるものではなく、特定の長期観測に基づくメイン湾の変化です。しかし、タイセイヨウセミクジラの歴史的な採餌海域で、食物網の出発点となる生産力が大きく変化したことは重要です。
背景には、2008年以降に深層へ流入する海水が、冷たく比較的淡水性の強いラブラドル海由来の水から、暖かく塩分の高い北大西洋斜面水へ変化したことがあると考えられています。
流入する水塊が変わると、水温だけでなく、栄養塩の種類と比率、冬の鉛直混合、成層の強さも変わります。深い海から表層へ運ばれる栄養塩が減れば、光が十分にあっても植物プランクトンは増殖できません。
4. クジラが必要なのは「餌の総量」ではなく「食べられる密集層」
タイセイヨウセミクジラは、口を開けたままゆっくり泳ぎ、ヒゲ板でカイアシ類を濾し取ります。この採餌方法は、大量の海水を処理しなければならないため、餌が薄く広がっている場所では消費するエネルギーに見合いません。
そのため、適切な餌場が成立するには、少なくとも次の三つの条件が必要です。
1. 供給
カイアシ類がその海域で繁殖するか、上流側の海域から海流によって運ばれてくる必要があります。
2. 利用可能な深さ
カイアシ類が極端に深い場所にいれば、クジラは潜水と浮上を繰り返さなければならず、採餌効率が下がります。反対に海面近くで採餌すると、船舶との衝突危険が高まります。
3. 集積
海底地形、潮汐、前線、渦、海水の密度境界などによって、カイアシ類が狭い範囲へ押し集められる必要があります。
この三条件のどれかが失われるだけでも、海域全体にカイアシ類が存在しているのに、クジラにとっては「食べられる餌場ではない」という状態が起こります。
5. 2010年ごろに北西大西洋で海洋環境が転換した
2010年ごろ、メイン湾とスコシア棚では大規模な海洋レジーム転換が起こりました。ガルフストリームに関係する循環変化によって、暖かい斜面水が従来より多く流入し、深層の水温が上昇しました。
その後、メイン湾東部、ファンディ湾、スコシア棚などでは、夏から秋にかけて脂質を蓄えた後期のCalanus finmarchicusが減少しました。
一方で、温暖な海を好むCentropages typicusなど、小型のカイアシ類が増えた場所もあります。しかし、Calanus finmarchicusのエネルギー密度はCentropages typicusのおよそ10倍と推定されています。小型種の数が増えても、クジラが得られる総エネルギーは補えませんでした。
これは、「動物プランクトン全体では減っていないから問題ない」とは言えないことを示しています。クジラにとって重要なのは、動物プランクトンの個体数ではなく、種類、大きさ、脂質量、成長段階、集積密度を合わせた餌場全体のエネルギー量です。
6. なぜセントローレンス湾へ移動したのか
タイセイヨウセミクジラは、2010年以降、メイン湾、ファンディ湾、スコシア棚の歴史的な採餌海域を利用する頻度を大きく減らしました。その一方で、2015年ごろからセントローレンス湾で多数確認されるようになりました。
2015年から2019年には、個体群の約40%が毎年セントローレンス湾で確認されています。
ただし、これはセントローレンス湾のカイアシ類が急激に増えたためとは限りません。調査では、同湾南部でも夏のカラヌス属が減少していた地点があります。それでも従来の餌場より条件が良かったため、相対的な避難場所として選ばれた可能性があります。
セントローレンス湾のカイアシ類は、メイン湾やノバスコシア沖より個体数が少ない場合でも、体が大きく、脂質が多いことが確認されています。さらに、セントローレンス湾南部のシェディアック渓谷では、水深70~90メートル付近に、1立方メートル当たり1,000個体を超えるカラヌス属の層が形成されることがあります。
ここでは大型のCalanus hyperboreusも餌の生物量に大きく貢献します。つまり、個体数だけではなく、1匹当たりの大きさ、脂質量、海底付近への集積が、セントローレンス湾を重要な採餌海域にしていると考えられます。
7. 南部ニューイングランド沖へ現れるようになった理由
南部ニューイングランド沖は、まったく新しい生息地ではありません。かつて捕鯨が行われていた歴史的な生息海域ですが、近年になって再び利用が増えました。
航空調査では、2013~2015年と比較して、2017~2019年に冬と春の個体数が大きく増加しました。2013~2015年には夏と秋の調査で確認されなかったのに対し、2017~2019年には調査が行われたすべての季節で確認されました。
この海域では、冬の餌場全体のエネルギー量が、北東部米国のほかの調査海域より高かったことも報告されています。ただし、冬にはCalanus finmarchicusの多くが深海で休眠しているため、クジラが何をどの程度食べているのかには、まだ不明な部分があります。
ほかのカイアシ類、海底地形、潮汐前線、ナンタケット浅瀬周辺の混合と集積が組み合わさり、局地的に高密度の餌場をつくっている可能性があります。
したがって、セントローレンス湾への移動と南部ニューイングランド沖の利用増加は、どちらも「北へ移動した」という一つの説明ではまとめられません。クジラは北側だけでなく南側や沖合にも分散し、季節ごとに最も採餌効率の高い場所を探していると考えられます。
8. AMOCの弱まりはどこまで関係しているのか
AMOCが弱まっていること自体は観測されている
大西洋北緯26度付近でAMOCを直接観測しているRAPID係留観測網では、2004年から2023年にかけて、10年当たり1.0スベルドラップ、推定範囲0.4~1.6スベルドラップの弱まりが報告されています。
この観測結果は、温暖化によってAMOCが長期的に弱まるという気候モデルの予測と整合します。一方で、この速度は21世紀半ばのAMOC崩壊を示すものではないともされています。
AMOCは北西大西洋の変化を起こす上流側の要因になり得る
AMOCが変化すると、北大西洋全体の熱、塩分、淡水、栄養塩の輸送が変わります。それによってガルフストリームの位置や、ラブラドル海由来の冷水が南へ運ばれる量、北米東岸の斜面水の性質が変わる可能性があります。
その影響がメイン湾へ及べば、植物プランクトンの生産、カイアシ類の供給、休眠場所の水温、餌が集まる前線の位置まで変わります。
強いAMOC弱化を想定した将来モデルでは、表層へ供給される栄養塩が変化し、植物プランクトンの生物量が減少し、その影響が食物連鎖の上位ほど大きくなる可能性も示されています。
ただしAMOCだけを直接原因とは断定できない
タイセイヨウセミクジラの2015年以降の分布変化について、最も強く実証されているのは、北西大西洋の水温上昇、暖水の流入、カイアシ類の変化、クジラの生息地利用の変化という関係です。
AMOCはその上流側にある大規模な循環ですが、メイン湾周辺の海況は、ガルフストリームの蛇行、ラブラドル海流、北大西洋振動、風、降水量、河川水、海洋熱波などにも左右されます。
したがって現段階では、「AMOCの弱まりがタイセイヨウセミクジラを移動させた」というより、「AMOCを含む大西洋循環の変化が、クジラの餌場を変えている可能性が高い」と捉えるのが実態に近い関係です。
9. 餌場の変化は繁殖と生存の両方に影響する
餌が不足しても、クジラがすぐに餓死するとは限りません。しかし、広い範囲を泳いで餌を探す時間が増えれば、脂肪を十分に蓄えられなくなります。
特に雌は、妊娠、出産、授乳に莫大なエネルギーを必要とします。餌場の状態が悪い年が続けば、妊娠できない、出産間隔が延びる、子どもの成長が抑えられるといった影響が現れます。
さらに、餌を追って従来の保護海域から外へ移動すると、漁具の垂直ロープや船舶航路との重なりが増えます。2015年以降のセントローレンス湾では、保護措置が整う前にクジラが多数流入し、2017年には少なくとも12頭の死亡が確認されました。
気候変動が直接クジラを殺したのではありません。しかし気候変動が餌場を移動させ、その先に人間が設置した漁具と船舶があったことで、死亡危険が急激に高まりました。
10. 最も重要な読み解き
植物プランクトン、カイアシ類、海流、タイセイヨウセミクジラは、確かにつながっています。しかし、その関係は単純な「植物プランクトンが減れば、カイアシ類もクジラも減る」というものではありません。
植物プランクトンがいつ、どこで、どの種類として発生するのか。そのエネルギーをカイアシ類がどれだけ脂質へ変換できるのか。そのカイアシ類を海流がどこへ運び、海底地形や潮汐がどれほど濃く集めるのか。そこで初めて、巨大なクジラが生きていける餌場が成立します。
2010年以降に壊れ始めたのは、一つの生物だけではありません。植物プランクトンの生産、カイアシ類の生活史、海流による輸送、餌の集積、クジラの回遊という、長い時間をかけて組み上がった海の仕組みです。
タイセイヨウセミクジラは、その変化を餌場の放棄と長距離移動によって示しています。そして移動した先にも、漁具、船舶、開発という別の人為的な危険が待っています。
出典
- 食物連鎖とカイアシ類の脂質蓄積|Journal of Plankton Research「Copepod size and energy content」:https://academic.oup.com/plankt/article/46/1/25/7457343
- メイン湾の植物プランクトン生産力と水塊変化|Journal of Geophysical Research: Biogeosciences:https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2022JG006790
- カイアシ類の供給・利用可能性・集積条件|ICES Journal of Marine Science:https://academic.oup.com/icesjms/article/78/10/3498/6410484
- 2010年の海洋レジーム転換とクジラ個体群への影響|Oceanography:https://tos.org/oceanography/article/ocean-regime-shift-is-driving-collapse-of-the-north-atlantic-right-whale-population
- 1990~2018年の餌分布と生息海域利用の変化|Limnology and Oceanography:https://aslopubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/lno.12242
- セントローレンス湾における分布拡大と個体群の約40%の利用|Frontiers in Marine Science:https://www.frontiersin.org/journals/marine-science/articles/10.3389/fmars.2022.976044/full
- セントローレンス湾の海底付近に形成されるカイアシ類集積層|ICES Journal of Marine Science:https://academic.oup.com/icesjms/article/80/4/787/7034396
- セントローレンス湾のカイアシ類の大きさと栄養価|NOAA Fisheries:https://www.fisheries.noaa.gov/feature-story/north-atlantic-right-whales-have-better-food-gulf-st-lawrence
- 南部ニューイングランド沖における生息地利用の増加|Scientific Reports:https://www.nature.com/articles/s41598-022-16200-8
- カイアシ類群集の変化と餌場のエネルギー量|New England Aquarium「Beyond Calanus」:https://www.neaq.org/publication/beyond-calanus-finmarchicus-an-expanded-assessment-of-decadal-scale-changes-to-the-copepod-community-in-the-northeast-usa-and-implications-for-north-atlantic-right-whale-foraging-energetics/
- 2004~2023年に観測されたAMOCの弱まり|Geophysical Research Letters:https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2025GL115055
- AMOC弱化が植物プランクトンと海洋食物網へ及ぼす将来影響|Earth’s Future:https://research-portal.uu.nl/ws/files/252015740/Earth_s_Future_-_2025_-_Boot_-_Global_Marine_Ecosystem_Response_to_a_Strong_AMOC_Weakening_Under_Low_and_High_Future.pdf
Questioner: So North Atlantic right whales travel long distances searching for places where copepods have been concentrated by ocean currents and winds. That means when the winds and currents change from the patterns they used to follow, the whales have to travel even farther to find food. That’s got to be exhausting.
Me: Fish that feed on copepods also gather wherever copepods are abundant. That can draw large commercial fishing vessels to the same areas, increasing the risk of vessel strikes and entanglement in fishing gear.
Questioner: So all they did was follow their food, only to find ships and fishing gear waiting for them. From the whales’ point of view, the place where they finally find something to eat has now become a danger zone.
Me: Exactly. On top of that, shipping lanes and fishing regulations are often based on the areas the whales used to frequent. When feeding grounds shift, protected areas don’t automatically move with them. As a result, whales entering new waters can end up overlapping with ships and fishing gear without adequate protection.
Questioner: We’re the ones who changed the currents and pushed their feeding grounds somewhere else, and we’re also the ones who put dangerous ships and fishing gear in the places they moved to. It’s not like the whales simply decided to wander into danger.
Me: That’s right. North Atlantic right whales are simply following copepods in order to survive. But in the ocean we’ve altered, even that most basic act has become a matter of life and death. They cannot survive without finding food, yet following that food leads them closer to dangers created by humans. That is the reality North Atlantic right whales face today.
Thank you for giving me some of your valuable time.
I hope the care behind these words somehow reaches the North Atlantic right whales.
鶏人|Keijin
質問者:タイセイヨウセミクジラは、カイアシ類が海流とか風とかで集まっているところを探して長距離を旅しているんだね。だから、この風とか海の流れが今までと変わっちゃうと遠くまで旅しないといけないから大変なんだ。
私:カイアシ類が豊富なところには、それを食べる魚たちも集まります。そのため、移動した先には大型漁船なども集まり、衝突のリスクや漁具に絡まる危険性が高まってしまうことが考えられます。
質問者:餌を追いかけて移動しただけなのに、その先には船や漁具が待っているってことか。クジラからしたら、やっと食べ物を見つけた場所が、今度は危険地帯になっているんだね。
私:そういうことです。しかも、船舶の航路や漁業の規制は、クジラが以前よく利用していた海域をもとにつくられていることがあります。餌場が移動しても保護区域まで一緒に移動するわけではないため、新しい海域へ現れたクジラが、十分に守られないまま船や漁具と重なってしまうのです。
質問者:海流を変えて餌場を動かしたのも僕たちで、その移動先に危険な船や漁具を置いているのも僕たちなんだね。クジラが勝手に危険な場所へ行ったわけじゃないんだ。
私:そのとおりです。タイセイヨウセミクジラは、生きるためにカイアシ類を追いかけているだけです。しかし、私たちが変えてしまった海では、その当たり前の行動さえ命懸けになっています。餌を見つけなければ生きられず、餌を追えば人間のつくった危険に近づいてしまう。それが、現在のタイセイヨウセミクジラが置かれている状況です。
貴重な時間を、ありがとうございました。
タイセイヨウセミクジラに、その想いが届くことを祈ります。
鶏人|Keijin
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